大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 昭和37年(ヨ)1251号 判決 1963年3月11日

申請人 川合好子 外一名

被申請人 日本アセテート株式会社

主文

本件申請をいずれも却下する。

訴訟費用は申請人等の負担とする。

事実

申請代理人は「被申請人が昭和三七年一〇月一六日申請人両名に対してなした解雇の意思表示の効力を申請人両名が追つて提起する解雇無効確認等請求の本案判決確定に至る迄停止する。被申請人は昭和三七年一〇月以降毎月二五日限り申請人川合好子に対し金一一、六二六円、同村岡洋子に対し一一、〇二四円宛を仮りに支払え。訴訟費用は被申請人の負担とする」との裁判を求め申請の理由として次のとおり述べた。

申請人川合好子は昭和三〇年五月、同村岡洋子は昭和二七年八月夫々被申請人会社に工員として雇われたものであるところ、被申請人は昭和三七年一〇月一六日申請人両名に対し就業規則第七七条第一四号(会社の体面を傷つける行為をなしたとき)、第七八条第一六号(前条各号の内特に重大又は悪意と認めたとき懲戒解雇する)により懲戒解雇の意思表示をなした。

しかしながら右解雇の意思表示は不当労働行為であるから無効である。すなわち、申請人等はいずれも被申請会社従業員のうち三七名をもつて組織する日本アセテート労働組合の組合員であると共に被申請会社寄宿舎の寮生であつて、右寄宿舎寮生は自治組織として日本アセテート一宮寄宿舎自治会を結成しているが、申請人川合好子は昭和三六年四月よりその会長であり、申請人村岡洋子は昭和三七年五月より同副会長である。ところで右日本アセテート労働組合は被申請会社の従業員全員が加盟していたが、昭和三七年八月夏期一時金闘争中、被申請人の策動もあつて組合執行部の強硬な闘争方針に反対した女子八名、男子一〇名前後の者が組合を脱退して第二組合の日本アセテート一宮工場労働組合を結成し、以後第一及び第二の二組合に分裂した。それにも拘らず自治会は分裂することなく第一及び第二組合員が一致して寮の増築その他の要求をなし、第一組合は右自治会の諸要求を取り上げて被申請人と交渉して来た。右の如く自治会が被申請人との間に統一的交渉をなす体制を維持してきたことを通じて再び組合を統一する可能性が生ずるに至つたが、その原動力はそれぞれ自治会長、同副会長にして且つ第一組合の活動家たる申請人等であつた。本件解雇は組合の再統一をおそれた被申請人が申請人等の組合統一のための活動力を減殺するためになした不当労働行為であつて無効とすべきものである。

仮りに然らずとするも、本件解雇は就業規則所定の懲戒解雇事由なくしてなされたものであつて、解雇権の濫用として無効である。

申請人等は本件解雇無効確認の本訴を提起すべく準備中であるが、いずれも無財産の労働者で労賃のみを収入源とするから右収入なくしては直ちに生活に困窮し本案判決確定に至る間において回復することのできない著しい損害を蒙るものである。

よつて申請人は被申請人に対し本件解雇の効力停止及び昭和三七年一〇月以降毎月二五日限り平均賃金である申請の趣旨記載の金員の仮払を求める。

被申請人の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

被申請人主張の事実のうち、自治会が昭和三七年九月二三日寄宿舎の部屋替を実施したこと、被申請人が同月二七日申請人川合好子に対し三日以内に退寮するように命じたこと、同申請人が右退寮命令に応じなかつたこと、申請人等が被申請人主張の如き内容のビラを配布したことは認めるが、その余の事実を否認する。被申請会社の寄宿舎における寮生の部屋割は従前より自治会の自主的決定に任されていたものであつて、自治会は昭和三五年五月自主的に部屋替を行うと共にその後二年間に一回宛部屋替を行う旨決定し被申請人もこれを了承した。昭和三七年九月二三日行われた部屋替は右決定に基くものであつて何等違法はない。しかるに被申請人が自治会のなした部屋替を認めず、自治会長の申請人川合好子に対して退寮通告をなすに至つたので、自治会は右退寮勧告を不当として、これ迄被申請人が行つて来た寮の自治に対する干渉及び寄宿舎管理の不誠意について被申請会社の従業員及び他の会社の自治会並びに一般市民に訴えるためにビラを配布したのである。右ビラの内容は自治会及び組合が寮の管理について再三にわたり改善の要求をなしていたに拘らず被申請人が改善措置を放置しておいた事実を訴え、会社に改善を実行させようとしたものであつて、被申請人の体面を傷つけるものではない。仮りに会社の体面を傷つける行為にあたるとしても就業規則第七八条第一六号にいう特に重大又は悪意と認められるときに該当しない。(疎明省略)

被申請代理人は主文同旨の判決を求め、申請理由に対し次のとおり述べた。

申請人主張の事実のうち、申請人等がそれぞれ申請人主張日時被申請会社に工員として雇われたこと、被申請人が昭和三七年一〇月一六日申請人等に対して懲戒解雇の意思表示をしたこと、申請人等がその主張の如く日本アセテート労働組合員であると共に寮生であつて、それぞれ自治会の会長及び副会長をしていたこと、日本アセテート労働組合が昭和三七年八月の夏季一時金闘争中に分裂したことは認めるが、申請人等の自治会及び組合における活動状況は不知、その余の事実は否認する。日本アセテート労働組合が分裂したのは組合が一部組合員の意向を無視して被申請会社に対し過大な要求をなし一歩も譲らなかつたためであつて被申請人がその分裂を策動した事実はなく、又自治会においても右組合の分裂後統一的行動をとることが困難になつて昭和三七年一一月一九日頃分裂したから申請人主張の如き組合統一の可能性もなかつた。従つて本件解雇が不当労働行為であるということはできない。

被申請人は一宮市に本店をおき東京及び大阪に営業所、一宮及び木曾川に工場を有して各種織物の製造販売並びに撚糸業等を営んでいる資本金七〇〇〇万円の株式会社であるが、被申請人が申請人等を懲戒解雇したのは次の理由による。

(一)  申請人両名が被申請人の再三の制止にも拘らず、寄宿舎規則第二条、第六条、事業附属寄宿舎規程第二一条に違反して寮生の部屋替を強行したこと。

被申請人はその寄宿舎に対して管理権を有し、これに基きその責任において寮生の部屋割をなし得る権限を有するものであつて、このことは寄宿舎規則第二条、第六条、事業付属寄宿舎規程第二一条によつても明らかなところである。従つて寄宿舎自治会は部屋割について自主的な決定をなし得る権限はない。ところで一宮工場における勤務は普通勤務(午前八時より午後五時迄)、交替勤務先番(午前五時より午後一時四五分迄)、交替勤務後番(午後一時四五分より午後一〇時三〇分迄)の三部制となつているが、昭和三七年五月新しい機械を備えつけたのに伴つて従業員の配置転換が必要となり、その勤務時間にも異動を生じたので寄宿舎の部屋替を行わなければならなくなつたが、従業員の配置転換先が未確定のためその確定をまつて部屋替を実施する予定であつた。しかるに同年九月一二日に至り被申請人は自治会幹部が普通勤務者と交替勤務者とを混室させる如き違法な部屋替を一方的に強行するとの噂を聞いたので直ちに掲示で部屋割は会社が実施するものであるから勝手に部屋を変らぬよう注意し、同月二〇日には労務係員が申請人川合好子を呼んで、会社の寄宿舎は会社の管理下にあること、従来部屋替は会社の責任において行つてきたこと及び自治会案は法令に違反していることを告げて厳重に警告を与え、更に同月二一日再度申請人川合好子に警告すると共に寮生に対しみだりに部屋をかわらないよう掲示し、同月二二日にも同一趣旨の放送をした。しかるに申請人等は右警告を無視し且つ寮生中の反対者に圧力を加えて同年九月二三日部屋替を実行し、もつて被申請人の寄宿舎に対する管理権を侵害すると共に法令に違反した部屋割状態を作り出した。被申請人は右部屋替後も同年九月二四日寮生全員に対し掲示で不承認の旨伝えて反省復元の機会を与え、同月二七日には自治会長たる申請人川合好子に対し右部屋替を撤回する意思の有無を質して反省の機会を与えたに拘らず申請人等は全くこれを無視し原状に戻そうとしなかつたものである。

申請人川合好子は寄宿舎自治会の会長として、同村岡洋子はその副会長として右違法不当な部屋替を企画指令し、乃至はこれを制止せず、もつて会社の寄宿舎管理権を侵害すると共に法令に違反した部屋割状態を作り出したことは就業規則第七八条第二号「会社の定める諸規則並びに服務規律に違反し著しく会社の秩序を紊したとき」に該当する。

(二)  申請人川合好子は被申請人の退寮処分に応ぜず寄宿舎内に留まつていること。

右違法不当な部屋替をそのまま放置することは寄宿舎の共同生活上の秩序維持に困難を来たし法令上も許されないので被申請人は昭和三七年九月二七日責任者たる自治会長の申請人川合好子に対し三日以内に退寮することを命じ、その後再三にわたり退寮を催告したに拘らずこれに応じなかつた。申請人川合好子が右退寮命令に応じないことは就業規則第七八条第二号に該当する。

(三)  申請人両名が虚偽のビラを作成配布し、もつて被申請人会社の秩序を紊しその体面を傷つけ、その情状特に重大且つ悪意と認められること。

申請人等は共謀の上「自治会長に不当な退寮命令」と題し、「私達は三十四度という暑い職場で又人員不足の中で機械同様に働かされて身体が疲れて休むにも思うように休暇も取れず病気になると色んないやがらせを言い働く者を人間として扱わない!八時間の勤務を終えて部屋に来ると身体がくたくたで作業服を着たまま時間の立つのも忘れて寝てしまう。夜になると皆病院通いで寮の中はシーンと静まつています。会社は不景気を乗り切るため日勤(寮)一部の部屋をつぶし倉庫にしたため一生懸命働いてためた僅かな荷物を持ち一ツの寮の中に三部制で住んでいます。自由のない職場から解放されて寮内では自治会で皆んなの意見に基いて自分達で二年一回の部屋替をする様前回までやつて来ました。そして今回も前と同じ様にみんなと話し合いの上で部屋替をすることに決定し会社に書類を出すと『自治会でやるのは認めない。無理して押すなら会長に責任をとつてもらおう!』の返答。これに対して憩いの場所と言える寮生活は『一般市民と同じ生活を営む権利を有する』と法律でも保障されており、本当のことをするだけだとみんなの意見で実行した。其の後九月二十七日『寄宿舎管理の秩序をみだしたため三日以内に退寮を命ずる』と工場長命令を下した。こんな理由に対し私達は納得出来ず、会社と話合いを持ち退寮の理由を追及したが、あいまいな態度で『どんなことがあつても退寮させる』と言い切り、又今後の自治会の運営には何にも言わないが個人干渉(どんな人と交際しているか誰とどこへ行つたか貯金はしているか)。こうしたことをするのも親替りに聞く必要がある。だけど病気の時オカユにしてくれるように頼んだら『オカユを食べる位なら休め!!』と主張した。皆さん!!これが親替りだと言つている会社の言葉なのです。こうして会社は私生活の干渉はするが、一方では食堂を風呂場の通路として使用し、又風呂は男女一緒でおまけに便所のウジがお湯の中に浮んでいる。又食堂においてはハエ、油虫、ネズミが食物のまわりを出廻つている。寮の便所は梅雨時になるとウジで足の踏場もない!皆さん、これが人間並の生活でしようか。私達は遠く親もとを離れてやつとの思いで寮に住みついたと思うと三日以内に寮を出て行け!!の暴言。動物だつて三日位で行先が決まるものではありません。このような会社のやり方は不当であり、あくまでも生活と権利を守るため自治会長の退寮は許すことは出来ない!!自治会長の退寮は自治会員みんなの問題であり、又働く者すべてにかけて来ている問題です。市民の皆さん、そして労働者のみなさん、私達は最後迄断固闘います。みなさんの心からの支援をおねがいします。会社へは抗議文を自治会へは激励文をお願いします。抗議先一宮市天道町日本アセテート内小川武重殿。激励先日本アセテート自治会」と記載したビラを作成し、昭和三七年一〇月二日より同月四日迄の三日間に亘り一宮駅前その他一宮市内各所において通行人に右ビラを配布した。被申請人は同月三日午前九時頃右ビラ配布の事実を知つたので申請人村岡洋子に対し厳重抗議し直ちに配布を中止するよう厳命し更に同月四日マイクと告示文で警告したに拘らず、申請人等は同月八日一宮市内勤労会館内外において入場者等に右ビラを配布した。申請人等が右四日間に配布したビラの数は数千枚を下らない。

しかしながら右ビラの記載内容は殆ど虚構の事実であり、被申請人会社の作業実態及び寄宿の施設環境を歪曲し中傷するに終始するものであつて、これを具体的に指摘すれば次のとおりである。(1)「私達は三十四度という暑い職場で」とあるが、本工場の職場は冷房設備が完備しており、その環境は極めて快適である。(2)「人員不足の中で機械同様に働かされて」とあるが被申請会社は人員が不足すれば操業を一部停止しており、一人当りの作業量は同種業者の従業員に比して決して多くない。(3)「休暇も取れず病気になると色んないやがらせを言い」とあるが、従来かような態度に出たことは一度もないのみならず、欠勤手続も極めて簡易化されている。(4)「夜になると皆病院通いで寮の中はシーンと静まつています」とあるが、被申請会社は常に早期診断、早期治療をすすめ、特に毎年春秋二回の定期健康診断を実施し、寮生の健康管理を十分に行つておるものであつて、右記載内容は事実に反する。(5)「会社は不景気を乗り切るため日勤(寮)一部の部屋をつぶし倉庫としたため一生懸命働いてためた僅かな荷物を持ち一つの寮の中に三部制で住んでいます」とあるが、当時一室一二畳の部屋が一〇室あり、これに各住する寮生は四二名であるので、一室四、二名(一名当り四、八平方米)の割合となる。これは他の同種事業所寄宿舎より優れており、且つ事業附属寄宿舎規程第一九条に規定する一人当り二、五平方米の倍もあつて、決して狭隘ではない。(6)「寮内では皆んなの意見に基いて自分達で二年一回の部屋替をする様前回までやつて来ました」とあるが、これが事実に反することは前述のとおりである。(7)「今回も前と同じ様にみんなと話し合いの上で部屋替することを決定し、会社に書面を出すと『自治会でやることは認めない無理して押すなら会長に責任を取つてもらおう!』の返答」とあるが、前半部分は虚構の事実であり、その全文は一般市民をしていかにも会社が横車を押している感を与えるものである。(8)「あいまいな態度で『どんなことがあつても退寮させる』と言い切り」とあるが、これが事実に反することは前述のとおりである。(9)「病気の時オカユにしてくれるように頼んだら『オカユを食べる位なら休め!』と主張した」とあるが、これは寮生より粥食の申出があつた時に会社の係員が「お粥を食べる位身体が悪いならば仕事を休んで早く病気を治しなさい」と寮生の健康を心配して善意の発言をしたのを歪曲したものである。(10)「こうして会社は私生活に干渉する」とあるが、会社は従来寮生の私生活に干渉したことはない。(11)「食堂を風呂場の通路として使用し」とあるが、従前浴場への出入口は食堂及び寮の廊下を利用して来たけれども、会社は昭和三七年九月二〇日頃工事請負業者に改修の見積方を要請し同月二九日組合との団体交渉の際にも居合わせて請負業者に工事の促進方を重ねて要請し、組合に対しても改修の確約をしたものである。右文言は会社の誠意ある態度を無視し、一般市民をして会社が全く放置しているものの如き感を与えるものである。(12)「風呂は男女一緒で」とあるが、現在男子寮の寮生は五名であるので、女子寮生四三名に比して著しく少数であるため会社は一個の浴場につき時差入浴を実施させているものである。しかるに右文言は会社が男女混浴を実施しているが如き表現を用い、読者をして会社の施設が不十分でその風紀が著しく乱れているが如き印象を与えるものである。(13)「便所のウジがお湯の中に浮んでいる」とあるが、便所は浴場の隣にあるけれどもその間は土壁とモルタル塗りとで仕切られているから、便所のウジがお湯の中に浮ぶようなことは絶体にない。(14)「食堂に於てはハエ、油虫、ネズミが食物のまわりを出廻つている」とあるが、会社はその駆除に全力をあげており、網戸等も完備しており、一、二匹の蠅が食堂に侵入することはあつたかもしれないが、右表現方法は極めて針小棒大で読者をして害虫の中に食物が浮んでいるが如き印象を与える。(15)「寮の便所は梅雨時になるとウジで足の踏み場もない」とあるが、会社は便所の早期汲取りの励行、防臭剤駆虫剤の使用によりウジの撲滅に十分意を注いでいるから右のような事実はあり得ない。(16)「私達は遠く親もとを離れてやつとの思いで寮に住みついたと思うと三日以内に寮を出て行けとの暴言」とあるが、会社が申請人川合を退寮処分に付したことについて十分理由のあることは前述のとおりであるにかかわらず、右文言は理由もなく退寮せしめたかの如き印象を与えるものである。

申請人等が右の如きビラを市中において公然と配布し、しかも被申請人の抗議に拘らず重ねて配布に及んだことは就業規則第七七条第一四号「会社の体面を傷つける行為をなしたとき」、第七八条第一六号「前条各号のうち特に重大又は悪意と認めたとき」に該当する。(疎明省略)

理由

申請人等がそれぞれ申請人主張日時被申請人会社に工員として雇われたこと、被申請人が昭和三七年一〇月一六日申請人等に対して懲戒解雇の意思表示をなしたことは当事者間に争がない。

申請人等は右解雇が不当労働行為であると主張するので判断するに、証人小川武重の証言及び申請人川合好子本人尋問の結果によれば、申請人等はいずれも被申請人会社の従業員をもつて組織する日本アセテート労働組合の組合員であつてその役員歴としては、申請人川合好子が昭和三二年頃職場委員になり又申請人村岡洋子が昭和三三年頃会計監査の役職にあつたが、その後はいずれも組合役員となることなく、従つて被申請人会社との団体交渉にも参加せずその他特記されるような組合活動をした事実もないことが認められる。もつとも申請人川合好子は昭和三六年四月より被申請人会社寄宿舎自治会の会長、申請人村岡洋子は昭和三七年五月より同副会長をしており(この点については当事者間に争がない)、前掲証拠によれば、自治会と被申請人との間に毎月一回寄宿舎における諸問題について話合いがなされてその席上申請人等が自治会の幹部として被申請人に対し寮の風呂場の改善、雨漏り個所の修理、割烹室の設置、備品の交換等を要求して来たところ、昭和三七年七月日本アセテート労働組合が夏季一時金二、五カ月分を要求して闘争中に組合幹部の闘争方針に不満を抱いた男子一〇名、女子八名の組合員が右組合を脱退して日本アセテート一宮労働組合を結成し、右組合の分裂に伴い寮生中にも第一及び第二組合員の別が生じたが、自治会は直ちに分裂することなく、被申請人に対して寮に関する要求を続けているうちに自治会の方も寮生たる第一及び第二組合員の対立から昭和三七年一一月に分裂するに至つたことが疏明されるが、右の如き申請人等の活動は寄宿舎設備の改善について自治会としての要求をなしていたにとどまり、これをもつて申請人等が分裂した組合の再統一のため積極的に労働組合活動をしていたものということはできず、他に申請人等が積極的に組合活動をしたことの疏明がない。従つて本件解雇が申請人等の労働組合活動の故をもつてなされたものということはできないから、右不当労働行為の主張は理由がない。

次に申請人等は本件解雇が解雇権の濫用であると主張するので以下被申請人主張の懲戒解雇理由について逐次検討する。

(一)  部屋替の実行(申請人両名)

成立に争のない乙第五号証、証人小川武重の証言によつて成立の認められる乙第四号証、第六号証、第七号証の各記載、証人小川武重、安藤正夫の各証言及び申請人川合好子本人尋問の結果によれば次の事実が疏明される。昭和三七年九月九日被申請会社一宮工場寄宿舎自治会の委員会が同月二三日に寮生の部屋替を行うことを決定したところ、被申請人会社は同月一二日これを聞きつけて直ちに「部屋の割当は会社が実施するから自分勝手に部屋を変らないように注意する」旨の掲示をなし、同月二〇日頃労務係安藤正夫が自治会長の申請人川合好子に対し部屋替の内容を尋ねたところ昼制者(午前八時より午後五時迄)と二部制者(先番午前五時より午後一時四五分迄、後番午後一時四五分より午後一〇時半迄)とが同室し寄宿舎規則に違反するものであつたので、安藤係員は申請人川合好子を呼んで「勤務時間の異る者が同室する部屋割を実施することは規則に違反するから、改めて被申請会社と自治会で話し合うことにして取り敢えず二三日に行う予定の部屋替を延期して貰いたい」と申し入れたが、申請人川合好子は、「自治会においては二年目毎に部屋替を行うことに決めてあり、それに従つて今回行うことに皆で決めた」旨答えてこれを拒絶し同月二一日には同月二三日午前九時に部屋替を行うとの書面を労務係に提出した。そこで二一日被申請会社一宮工場長小川武重及び労務係員安藤正夫は再び申請人川合好子を呼んで重ねて部屋替の実施を延期するように告げ、もし敢えて部屋替を実施するならば自治会長としての責任を追求する旨警告した。これに対しても申請人川合好子は部屋替の中止を承諾しなかつたので、被申請人は同日更に「部屋替は寮生及び自治会の意見を勘案して会社が実施する予定であるから部屋を変らぬよう自重を求める」旨の掲示をなし、同月二二日には社内放送で寮生に対し数回にわたり部屋替をしないように呼びかけた。それにも拘らず、申請人等は同月二三日部屋替を実施するに至つた。そこで被申請会社は同月二四日「会社の許可を受けずに自治会の名をもつて部屋替の行われたことは遺憾であり、右部屋替は会社としては認めない」旨の掲示をなし、同月二七日小川工場長が申請人川合好子に対し新機械設置に伴う従業員の配置転換が近く行われるからそれを待つて部屋替を実施する故先きに自治会が行つた部屋替を旧に復すように命じたが、同申請人は皆の意見で行つたことであるから変えられない旨答えてこれをも拒絶した。そこで被申請人は右部屋替に対する申請人等の自治会幹部としての責任を追求すべく両名を退寮処分に付すべきところ、申請人村岡洋子は実家が鹿児島県であつて退寮すれば通勤に支障を来たすので通勤可能な申請人川合好子のみを退寮処分に付することとし、同月二七日同申請人に対し三日以内に退寮すべきことを命じたものである。

申請人等は右部屋替が自治会の自主的決定に任されていたというが、証人小川武重の証言によつて成立の認められる乙第一一号証、証人安藤正夫の証言によつて成立の認められる乙第一四号証、第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証の一、二の各記載、証人小川武重、安藤正夫、市川千鶴(一部)の各証言及び申請人川合好子本人尋問の結果(一部)によれば次の如く疏明される。被申請会社一宮工場の寄宿舎においては前記部屋替に至る迄に大規模な部屋替が三回行われた。すなわち右寄宿舎は新寮及び旧寮から成つており昼制者は旧寮に居住し、二部制者は先番後番に分れてそれぞれ新寮の階上及び階下に居住していたが、昭和三〇年九月八日開かれた労使協議会において労働組合側から部屋長の改選及びこれに伴う部屋替の要望があつたので、被申請会社は同月九日部屋長会議を開催し、これと協議した結果、二部制者先番は階上、後番は階下に部屋替をなすこととし、番別内の部屋割は被申請会社職員立会のもとにくじ引で決めることにしてこれを実施した。その後昭和三一年一月自治会が結成され、同年一一月二六日の労使協議会において労働組合副組合長兼自治会長の市川千鶴から番別内の部屋替を正月過ぎに実施して欲しいとの発言があつたので、被申請会社はこれを諒承し、昭和三二年二月三日上下室の入替はせず、単に先番及び後番者のうちで各番別に一部の部屋替を行つた。昭和三五年五月六日被申請会社は自治会からの申入により部屋替について自治会幹部及び部屋長と協議した結果、新寮の上下部屋の入替をなすことに決め、更に番別内の部屋割については自治会のくじ引案を容認した。右の外、被申請人が寮生の一部の者について勤務時間を変更した際には交替勤務者が混室しないように部分的部屋替を行うべく自治会にその旨連絡し又新規入寮者があれば部屋を指定して自治会に通知してそれぞれ実施させたものである。右認定に反する証人市川千鶴及び申請人川合好子本人の供述は措信しない。

本来、事業附属の寄宿舎は会社所有の施設であつて、会社がその管理権を有することは言うまでもないところであり、従つて会社はその管理権に基き会社従業員たる寄宿舎居住者をして寄宿舎内の特定の部屋を使用させるものであるが右使用継続中会社が部屋替をなすに当つては、寄宿舎の使用関係が会社と従業員たる寄宿舎居住者との間の部屋毎の使用貸借契約に基くものとみるべきであつて部屋替は右契約内容の変更となるから部屋替が交替勤務者の混室を避ける等法令上の必要による場合を除き原則として寄宿舎居住者との合意の下に部屋替を行い得るものというべきである。被申請会社一宮工場寄宿舎についても右の如くみるべきものであつて、被申請会社はその寄宿舎に対する管理権に基いてその必要あるときは原則として寄宿舎居住者との合意の下に部屋替を行い得るものであるが、これに反し被申請会社一宮工場寄宿舎自治会は証人小川武重の証言によつて成立の認められる乙第三号証の記載によれば右寄宿舎居住者が寄宿舎内における共同生活の秩序を保ち、相互の文化的向上を図ることを目的として自治的に結成された団体に過ぎないものであるから、右自治会が固有に寄宿舎の管理権を有するいわれはなく、従つて部屋替をなす権限をも有するものではない。ただ部屋替につき居住者より委任された場合に会社と協議して会社の承認の下に部屋替を実施することができるに過ぎないものというべきである。前記疏明されるところによれば、従来部屋替は自治会の発意によると被申請会社の都合によるとを問わずすべて被申請会社が寮生との合意の下に行つたものであり、ただ寮生の希望を容れてその細部の実施方法を自治会に任して行わせたことがあるに過ぎないのであつて、他に自治会が自主的に部屋替を行い得る権限を有することの疏明はない。

従つて昭和三七年九月二三日自治会が実施した部屋替は無権限でなされたものというべきであるのみならず、被申請人が再三にわたり自治会長である申請人川合好子に対し右部屋替が会社の意思に反するから中止して貰いたい旨告げ、或は部屋替について後日話し合うことにして取り敢えず同月二三日に実施する部屋替の延期を求めると共に寮生に対して掲示及び社内放送によつて右部屋替をしないように告げたに拘らず、自治会の会長及び副会長たる申請人等はこれを無視して自治会の決定に従い無権限で部屋替の実施を強行し、更に工場長が重ねて被申請会社の事情を説明して撤回を要求したがこれをも拒絶したことは被申請会社が寄宿舎に対して有する管理権を侵害すると共に被申請会社がなした寄宿舎管理上の告示に違反し、もつて著しく会社の秩序を紊したものであつて懲戒解雇事由たる就業規則第七八条第二号に該当する。

(二)  退寮拒否(申請人川合好子)

被申請人が昭和三七年九月二七日申請人川合好子に対して三日以内に退寮すべき旨命じたこと、同申請人が右退寮命令に応じないことは当事者間に争がない。右退寮処分は前記認定の如く自治会が被申請人側の再三にわたる制止にも拘らず無権限で実施した部屋替について会長たる申請人川合好子の責任を追求したものである。右経緯に照らして考えれば、被申請会社が寄宿舎の管理権に基き申請人川合好子に対してなした退寮命令は相当にして同申請人が右命令に従わないことは会社の服務規律に違反し著しく会社の秩序を紊したものというべきであるから、右退寮拒否は懲戒解雇事由たる就業規則第七八条第二号に該当する。

(三)  ビラ配布行為(申請人両名)

申請人等が被申請人主張の如き内容のビラを配布したことは当事者間に争がない。成立に争のない甲第二号証、証人小川武重の証言によつて成立の認められる乙第八号証の各記載、証人小川武重の証言及び申請人川合好子本人尋問の結果によれば次の如き事実が疏明される。

自治会では昭和三七年九月三〇日臨時大会を開き自治会長たる申請人川合好子が退寮を命じられたことについて被申請人に抗議すると共に外部団体及び一般人に支援を求めるため抗議ビラを作成配布する旨決議し、申請人両名が中心となつて文案を作成しガリ版でビラ一五〇〇枚を印刷し他の寮生と共に同年一〇月二日より四日迄の三日間一宮駅前その他一宮市内の街頭で通行人に対し約七〇〇枚を配布した。被申請会社では右配布の事実を知るや、同月三日工場長小川武重及び労務係員安藤正夫が自治会副会長の申請人村岡洋子に対して右ビラの内容が会社の体面を傷つけるからその配布を止めるように警告し、同月四日には全従業員宛の掲示板に同旨の警告文を掲示すると共に小川工場長が社内放送で配布中止を求めたに拘らず、同月八日再び一宮市勤労会館前において入場者に対し右ビラを約三〇〇枚配布したものである。

ところで右ビラの内容は被申請会社が申請人川合好子を退寮せしめたことに抗議し、これを第三者に訴えるものであるが、その中に被申請会社における労働条件及び寄宿舎での生活状況について言及し、その部分が被申請会社の体面を傷つけたものであるか否やが、本件において問題となるものと認められるので、以下にこれを考察する。右ビラを一読すれば被申請人の指摘する前記(1)、(5)は被申請会社における労働環境及び居住施設の劣悪であること、(2)、(3)、(4)、(9)は被申請会社が労働者を酷使していること、(13)、(14)、(15)は被申請会社寄宿舎の食堂便所等が極めて不衛生不健康であること、(12)は被申請会社が風紀を紊すが如き施設をしていることを表現しているものと言える。しかしながら証人小川武重、安藤正夫の各証言及び申請人川合好子本人尋問の結果(一部)によれば、被申請会社一宮工場の作業場には冷房設備があつて室内温度は外気より平均五度程度低く、従つて夏の間一時的に炎暑となることがあつても三四度という暑さが続くような状態にはないこと、寄宿舎には四二名が入寮しているが、一二畳の部屋が一〇室あり一部屋の定員が八名であるから現況が狭隘であるとはいえないこと、被申請会社においては人員不足を生じても一人当りの機械持台数を増加させるようなことはせず、残業も一カ月二時間程度であり、また休暇を厳しく制限していることもなく作業量の負担が過重であるとはいえないこと、又被申請会社においては定期の健康診断を実施するは固より健康管理にも相当の注意を払つており、従業員の罹病率は他の同種事業会社に比して高くはないこと、被申請会社の係員が粥食の申出をした従業員に対しお粥を食べる位身体が悪いのならば休めという趣旨を述べたことがあるが粥食の提供を拒否したものでないこと、寄宿舎の諸設備が完全ではなくそのため食堂炊事場に蠅、油虫、鼠が出たり或は便所に蛆虫がかなり発生して床の上へ這い上つて来ることがあるが、会社では食堂炊事場に網戸を張り便所に薬剤を散布する等できる限りの害虫駆除方法を講じており、蠅、油虫、鼠が食物のまわりに出廻つたり或は便所が蛆虫で足の踏み場もないというような不衛生極まる状態に放置されているものではないこと、又風呂は男子寮生が僅か五名であるため時差を設けて男子が先きに入浴した後に女子が入浴しているのであつて男女が一緒に入浴するものではないことが疏明される(右に反する申請人川合好子本人の供述は措信しない)。

右疏明されるところに鑑みれば、ビラの記載内容のうち前記部分は被申請会社に対する抗議及び外部の支援要請というビラ配布の目的を逸脱し、虚構の事実を記載しているか、若しくは事実を歪曲又は誇張した表現を用いて被申請会社の労働条件が極めて劣悪なるが如く中傷したものというべきである。従つて申請人等が自治会の会長及び副会長として右の如きビラの作成に関与し街頭において三日間にわたつて右ビラを多数配布し、被申請会社の制止にも拘らず更に同様の配布行為に及んだことは悪意によつて会社の体面を傷つけ、しかもその責任が重大であるといわなければならず、懲戒解雇事由たる就業規則第七七条第一四号、第七八条第一六号に該当する。

以上によれば被申請人のなした本件懲戒解雇は正当であつて、解雇権の濫用であるとの主張は理由がない。

よつて申請人等の申請はいずれも失当として却下することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 丸山武夫 渡辺一弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例